LA教師宅ステイ(ショッピングアクティビティ付き) 

 

2019年3月4日~1週間

​杉澤 伶奈 様

私は、小学校の頃から海外に行ってみたいと思っていました。中学生になる頃にはアメリカに行く事が私の一つの夢となっていました。私には姉が2人いて2人とも海外に興味を持っていて、良く洋楽を聴いたり洋画を観たりしていました。その影響もあり私もいつしか海外に興味を持つようになったのです。ですが、部活が忙しかったのもあり、なかなか海外に行く時間が取れずにいました。高校3年生になり海外へ行きたいという気持ちは我慢の限界に達し、1週間のみですがついに行く事が出来ました。行く前は1週間では足りないだろうと思っていましたが、現地の教師の方が常に私を気遣い、色々な場所に連れて行って下さり、とても濃い1週間でした。私が今回行ったアメリカロサンゼルスは想像とは全然違いました。私は洋画の見過ぎか都会で少し怖いイメージがありましたが、多くの自然があり私が会ったのはみんなフレンドリーでとても優しい人々ばかりでした。

 

ロサンゼルスに行った目的のショッピングは充分過ぎるほど楽しみました。アメリカは沢山のディスカウントストアがあり、日本では高くて手が出せないブランド物も半額位の値段で買うことが出来ました。一番楽しみにしていたコスメは日本に進出していないブランドもあり、とても興奮しました。特に口紅は全て欲しい位でした。教師の方の家はアパートメントでしたが、充分な広さがあり、私にはシングルベッド付きの部屋を貸して頂きとても快適に過ごす事が出来ました。あっという間の1週間でしたが充実していて忘れられない私の思い出になりました。機会があったら次はメイクアップ留学などにも行ってみたいです。

ニューヨーク教師宅ステイ 

 

2016年8月7日~2週間

​河原 安優花様

私は、2016年夏、学校の夏休みを使って2週間、アメリカのニューヨーク、ロングアイランドに留学をしました。
 

出発日が来て、空港へ向かいます。伊丹空港からはもう1人っきり。
全部自分だけでしないといけないと気づいた時にはもう、両親とは離れて1人搭乗口に。
急に すごく心細くなったのを覚えています。


あんなにワクワクしてたのに、正直帰りたくなりました。
でも、ここまできて引き返すわけにはいかない!NYの景色を絶対自分の目で見て来てやる!
と、自分を奮い立たせ、成田経由でNYに向かい、JFK空港に着いた時は少しほっとしました。


でもそんな安心も束の間でした。入国審査の時、書類のことで手こずり・・・日本人の方に助けてもらうことができて、ホストマザーともきちんと対面することはできたのですが。。。
会うまでにもうハプニングだらけ!!!!


気持ちに余裕がないまま、ホストマザーと対面。
Hello から、名前や色々挨拶などをしようと相手の方へ向かった瞬間、挨拶する間もなく突然のハグ。向こうでは当たり前でも、日本ではやはり挨拶でハグなどないため、少し戸惑いながらも自分もハグを。でも向こうは、笑顔で私を迎えてくれました。


車に乗り込み、初めて見るNYの外の景色を、写真をとりながらホストマザーと、最初はほとん片言で会話をし、家に到着。

ロングアイランドは緑が多く、自然豊かで、落ち着いたところでした。

家にあがり、部屋の紹介をしてもらい、自分の部屋に通して貰いました。ベッドがかわいく、窓から少しさす光が、良い感じに部屋を魅せていました。

いよいよNYでの生活の始まりです。
朝、ご飯を食べてから少し休憩を済ませたら、ホストマザーによる授業が始まります。自分の総合英語力が良かったのか、ホストマザーの説明や発音がよかったのか、とにかく授業の分かりやすさと言ったらそれはもう大人が小学生の問題を解くようなものでした。プリントになった途端、分からなくなることも多々ありましたが、自分で考えて意見を言ったり、辞書で調べて勉強することで、自信がつきました。


授業がおわれば、夜ご飯まで部屋で音楽を聴いたり課題をしたりする日もあれば、どこかに連れて行ってくれた日もありました。NYといえば、Manhattanや都会のイメージが強いですが、ロングアイランドよりもさらにさらに田舎の方へもでかけました。海のところでみるサンセットは格別でした。この景色をお母さんに見せたいなぁ。なんて、思いながらみたことも。☺


小さなお店のレジの人ともたくさん交流を交わし、君は良く話すね と言ってもらったことも覚えています。
遠くへでかけなくても、スーパーには頻繁に行きました。


いろんなスーパーに入りました。ものすごく臭いお店もありました。

中学の修学旅行でロサンゼルスへ行き、商品の大きさなどは見たことがあるのでさほど驚きはしませんでしたが、今回はアメリカ人のリアルな生活にまじって過ごしているため、向こうのカートを押すのも初めてで、重たくて重たくて仕方ありませんでした。でもいい経験でした。スーパーの駐車場は、カートだらけ。みんな元の場所へ戻さないのか。と来る度思いました。
まあ、平日はこんな感じですごしました。

休日は、Manhattan。
高層ビルが電車の中から見えた時はもうそれはそれは嬉しくてたまりませんでした!
その全体像が自分の目に確かにうつったとき、それは自由の女神を見に行くために船に乗った時でした。どう伝えたらいいのかわからないけど、Manhattan っていう感じがしました。自分が見たかったものが、確かに自分の目にうつった時でした。

実際にManhattanの中に自分がいる時は逆に、ビルが高すぎて上まで見上げるのに首が痛いくらいでした。

飲み込まれほうなほどに大きかったです。
 

Manhattanは、自分が今まで写真や映画でしか見てきてなかったものが、急にリアルになって目に見えるものだから、それはもう興奮の連続。
黄色のタクシー、タクシーのクラクションの音。緑色の細長い標識、映画でしかみたことのないNYの交差点、見るもの聞くもの全てにウキウキがとまらなかった!


タイムズスクエアも確かに見てきました。・・・案外、普通の場所。
でも、実際にあのネオンを体感できたのは嬉しかった。


Manhattanでの1番思い出は、エンパイアステートビルディング。
実際目の前にあらわれた時、本当に泣きそうでした(笑)ずっとずっとずっと見たくて見たくて。
ウキウキやワクワクというより、ただただ静かに見つめていました。
高い所から、ニューヨークの景色を一望してやっとNYに来た実感がわきました。
その時にはもう既に帰国前日だったのですが…( ̄▽ ̄;)

最初の1週間は慣れなくて、寂しくて、ただただ孤独な気持ちが消えませんでした。
でも、ちょうど1週間が過ぎた頃、ホストマザーの娘さんが来てくれて、新たに3人での生活が始まりました。娘さんとは歳も近く、習っていた英会話での表現や会話が生かされ、かなり楽しく過ごすことができました。一緒に大笑いしたり、動画を看て過ごしたり、退屈な時間が消え、とても有意義な時間を過ごせました。

NY での生活に触れる時間が多くなる度、日本のプライドが高くなり、異文化を受け入れるのに凄く凄く苦労もしました(笑)
そんなある日、日本語教師になろうかなと思いました。外国人に、日本語を教える仕事です。
日本語を教えるだけでなく、日本の食や文化、伝統。とにかくもう、日本のことを伝えたい気持ちが止まりませんでした。

2週間、NYやニューヨーカーのいろんなものを吸収した自分は、いよいよ帰国。
行く前に想像していた、楽しいだけで、英語もある程度話せるようになって・・・などとは違っていた。
でも、違っていて良かったと思う。

 

たくさんの壁があったからこそ気づくことが出来たことや、思うことは沢山あったし、帰国時にハリケーンと台風に見舞われ、飛行機が遅れたり、すぐに帰宅出来ず東京で一泊しなければならなかったり・・・災難が重なり辛いこともあったけど、だからこそ今は、どんな試練が自分にふりかかっても、NYでの生活のことを思い出して糧にできる。

人生の中で1番、意味のあった時間、もしくはこれから意味を持つ時間だったと、心の底から思えました。

思い通りの留学じゃなくて、逆によかったと、帰って来てから思えました。


英語を学びに留学を決め、なのに日本語教師という道に辿り着くことも、きっとNYでの生活がなかったら自分には縁のないものでした。

帰国して今、日本語教師を目指して、日々の学校生活を頑張っています。

Once in a Life Time

〒105ー0013東京都港区浜松町2-2-15浜松町ダイヤビル2F

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